どれほどまでに
しくとも


俺らは前に進むしかねェだろ、

諦めたようなその口調に、少しだけ胸がぎゅうっと苦しくなった。
仕方ない、そう言いたげな銀時の目は、いつも通り何を考えているのかわからなくて。


たとえば。
すごくすごく、哀しいことがあって、
けれど。
哀しんでいる暇などなくて。
そんなとき、人はどうしたらいいんだろう。


「此処は戦場だぜ」
「わかってるよ、晋助」


隻眼の彼は、唯一の目で睨むように私を見て、そう言った。
自分の身をもって、目を失って何かを知った彼は、
苦しくなるくらい、泣きたくなるくらい優しい人だ。
こんなこと言ったら、きっと銀時や辰馬に笑われちゃうんだろうけど
晋助は私のためを思って、言ってくれる。

証拠に、私がふらふらと不安定な心で戦場に立ったとき。
彼は天人に囲まれた私を助けてくれた。
だが、それが晋助の優しさだ、と言っているのではない。
私を囲む天人の勢を一通り斬り倒してから、立ち竦む私の顔に鉄拳をくらわせた。


「ぼやっとしてんじゃねェ!」
「っ、ごめ・・・、」
「死んだら何もかも終わりだって、てめェが一番知ってんだろうが!」


酷く憤慨したように、珍しく晋助は息を荒げ私を叱った。
殴られた左頬は張り裂けんばかりに痛く、明日どころか、今日にも大きな痣ができるだろう。

殴られて、晋助の言っていることが理解できてしまった私は、
どうしようもなく泣きたくなる思いを抑えようともせず
痛みの所為にして、晋助や、鬼兵隊の皆の耳が潰れるくらい、泣き叫んだ。


「痛、いッ・・・!痛い、よ、ッ、バカ晋助・・・!」


だけれど、みんなの耳が潰れるくらい泣き叫んでも、
晋助が憤慨するほど危険な目にあっても、
みんなは決して私を見捨てなかった。
女の私を、いつまでも側に置いてくれた。

後世に名が残るほど、特別活躍したわけでもない。
天人の間に噂が流れるほど、特別強いわけでもない。
そんな私と、いつまでも共に戦ってくれた。

それはやっぱり、晋助、そして、銀時がいてくれたおかげだと思っている。
あの日、晋助に思い切り殴られたあの日、
左頬に大きな痣を作ってみんなの元へ帰った私を、
天人に居場所がばれてしまうのではないか、と思うくらいでかい声で
喚き、叫び、皆のもとへと走り回ってから迎え入れた二人が居た。


「大変じゃぁぁ!!が、がッ!嫁に行けのうなる!」
「だっ、誰か治療をォォォ!の綺麗な顔に傷がァァァ!!」


それは特徴的なしゃべり方の男と、黒の長髪をもった、うざったい男だった。
辰馬が「嫁に行けない」と叫び走り回った所為で、
あちこちの隊から見物、寧ろ野次馬がたかるし、
ヅラが「綺麗な顔」とかふざけたことを言うから、
みんなが私の顔をじろじろと見てくるしで、
その日の夜には、元々の痣に加えて、更にげっそりした顔になってしまった。




そんなことを思い出しているうちに、どうやらまたげっそりした顔になってしまったらしい。
空には月がのぼり、月と私を映す池をみて、貧相な顔だ、と自嘲気味に笑った。
すると、月明かりに髪を光らせる男が隣にやってきた。


「今にも死にそうな顔してるぜ」
「ほんっと、思い出しただけでこんな顔になるなんて」
「・・・・・・あぁ、もしかしてアレか?の痣事件。」
「何その最悪なネーミングセンス。誰、そんなこと言い出したの」
「一人しかいねェだろ」
「・・・ヅラかぁ」


隣に立つ銀髪の天然パーマをもつ男を見上げて、ふと思う。
彼は私の顔を、左頬を見てどう思ったのだろうか。
私のように、貧相だ、と嘲笑したのだろうか。
それとも、変な顔、と笑ったのだろうか。


「・・・お前、今日一日中ずっとそんな顔」
「え?」
「辛い哀しい、寂しい泣きたい、苦しい切ない・・・、そんなぐっちゃぐちゃの感情に戸惑ってるような、変な顔」
「・・・・・・そ、か」
「そんなんじゃ、また高杉に殴られるんじゃねェの」


晋助はもう殴らないよ。
確信を持っているかのようにそう言った私を見て、
銀時は不思議そうに眉間にしわを寄せた。


「晋助は正しいのに、あの日、辰馬やヅラが晋助のことを咎めたみたい」
「・・・あァ、そんなことしてたかもな」
「・・・銀時も、晋助を咎めたの?」
「俺ァンな事知らねェさ。こんな世界じゃ、何が正しくて何が間違ってんのか、誰も教えてくれねェし、誰もわかんねェ」


銀時の言っていることは正しい。
そう言いきることもできない世の中では、この戦場では、
誰も晋助を咎めることはできない、けれど、晋助を咎めるのを止めることは、私にはできない。


「あの日のことは、全部私が間違ってたんだよ」
「・・・・・・」
「みんながどんどん居なくなっていくのが、苦しくて、嫌で・・・、」


それで、ぐらぐら揺れてた。
こんな言い訳も通じない戦場だというのに。そんな戦場を選んだのは自分なのに。
もどかしさに、ぎゅっと着物をつかんだ。破れてしまいそうなくらい、握り締めた。


「言っただろ」
「へ・・・?」
「"何が正しくて何が間違ってんのか、誰も教えてくれねェし、誰もわかんねェ"って。」
「・・・・・・あ、」
「是も非もねェんだよ。誰もそれを定める術を知らねェ」


強い口調なのに、どこか優しい空気を漂わす彼は、真っ直ぐに何処かを見上げていた。
一心不乱に見つめているようで、てんで見上げる空のことなんか考えちゃいない。
銀時はゆっくりと視線を落として、私の映る池を見た。


「笑うことが正解かもしれねェ。泣くことが間違いかもしれねェ」
「・・・うん」
「けど逆かもしれねェ。時にゃァ泣くのが正解なのかもな」
「う、ん」
「結局幾ら考えてみたところでよ、正解なんて出やしねェんだ」


諦めたような言い方に、思わず眉根を寄せた。
そんな私が映る池を見て、銀時は池の私をただ真っ直ぐに見下ろした。

そのとき、少しだけ強い風が吹いた。
池の水面は大きく揺らいで、月も私も一気に消え去った。

銀時は、本物の私を真っ直ぐに見下ろした。
私は、目の前の男を真っ直ぐに見上げた。


「だったら、俺らは前に進むしかねェだろ」