ここでしか
きていけないの


はじめて天人を斬った日の夜、
手にこびりついた血が洗っても洗っても、何をしても消えなかった。
手だけでなく頭の中にこびりついて決して消えることはなかった。
人間のそれとは違う、赤とは違う色に気持ち悪くなった。


はじめて味方の死体の山をみた日の夜、
酷く気分が悪くなって吐き気が止まらなかった。
胃液まで吐き尽くし、喉は燃える様に痛かった。
その所為で口に広がる気持ち悪さにまた吐いた。
昨日まで酒を飲み交わし、その手には温もりを宿していたというのに
どうしてこんなに冷たいの、どうしてあなたたちは動かないのと狂ったように泣き叫んだ。


はじめて辰馬なしで迎えた夜、
何かが足りなくて、何かなんて言わずともわかっていたが、
急に世界がぐるりと変わった気がして。
貴重なご飯も喉を通らず、涙が止まらなかった。
なぜ涙がでるのかわからなかった。わからないふりをしていただけだ。
気づきたくなかった、気づいたら、自覚したら弱くなる気がしたから。


晋助の目が真っ赤に、大量の血にまみれた日の夜、
あぁもう終わりだ、そう思った。
戦況は悪くなるばかりで、泣いてばかりだった。泣き虫だ弱虫だとばかにもされた。
あれはみんなの精一杯の励ましだったのに、上手い返しもできずにまた泣いて。
あぁ、涙は一ミリもでなかったから嘆いたのほうが近いだろうか。
でも、心というのがひどく泣いている気がしたのだ。




はじめて彼らにあった日のことを、上手く思い出せない。
ぽつりぽつりとはじめてを思い出しながら寝転んだ瓦屋根は
ひどくぼろぼろで背中が痛かったが
今はどこでだっていいから一人になりたかった。

戦はもうすぐ終わるだろう、
小太郎はそう言った。初めて見る目をしていた。
かなしい、くやしい、どれともとれない。ごちゃごちゃな感情を抑えきれないでいるような。
晋助はなにも言わずに部屋をでていき、今も帰ってこないままだ。
銀時は寝てた。狸寝入りかもしれないけれど。
ぼろぼろの装備をしたみんなはぼろぼろ涙を流していた様に見えた。
私は、なにも言えなかった。ただずっと、みんなを見ることしかできずにいた。


はじめて彼らにあった日のことを、思い出せるだろうか。
今はっきり思い出せるのは、松陽先生が優しく微笑んでいたことくらいだ。
同い年くらいの女の子も数人いた気がする。名前も顔も覚えていない。
たしか、総じて家族とともにどこか遠くへ行ってしまった。うろ覚えだけれど。


私には、家族がいなかった。帰る場所も逃げる場所もなかった。
そもそもどこで先生にであったのかもわからない。
わからないわからないと逃げて、温もりをくれる場所に居座った。

ばかだの、弱虫だの泣き虫だのとからかわれても、女は邪魔だと天人に罵られ殺されかけても
私には戦場にとどまる以外の術がなかった。
戦う以外のことを、私に求める人はいなかったから。



しかし、戦は終わると言う。
小太郎と晋助はきっと、戦い続けるだろう。そんな目をしている、復讐を、と燃えた目を。
しかし彼らは、道を違うだろう。なんとなく、見ている先が違う気がした。
私だって、銀時だって、みんながみんな違っている気がした。当たり前、か。


銀時は、どうするだろうか、わからない。
私、は、どうしたらいいのだろうか。


「…お前は、普通の女として生きるといい」


街へでて、綺麗な着物をきて、
素敵な相手と巡り会い、笑って生きていってくれ。刀など捨ててしまえ。
今からでも学べることはたくさんある。

小太郎は、真っ直ぐに私の目を見てそう言い切った。
少し、目尻に雫がたまっているようにも見えた。
それ故か否か。なにも、言い返せなかった。
他のだれもなにも言わなかった。賛成と、いうことだろうか。


身寄りのない、知り合いのいない私に。
物心つく頃には先生のそばにひっついて守られてきた私に
ひとりで生き抜けと彼らは言うのだ。今からでもなにかを学べと。

嫌だ、と泣き言を言うのが私らしい。ひどく、弱い。
だが、言ってやらなかった。
ひとりでのたれ死んでやる、
誰が悪いわけでもないのに、恨むようにそう誓った。


。お前は、お前らしく生きていけ」


刀を抱えて眠っていた、ように見えた銀時が
ぽつりと独り言のように、いとも簡単そうに、そう言った。
小太郎は少しだけ目を見開いた、何を言っているのだ、とでも言うように。
彼の言葉に比べ、銀時の台詞は私には生きやすいものだ。
だが、それでも足りない。欠けてはならないのに。
私らしさも、戦場も、みんなも、私にはどれひとつ欠けては生きていけないものだから。


泣いてやるものか、縋ってやるものか。
だれも、責めるもんか。


悪いのはだれでもないし、時代だなんだでもない。
良いも悪いもない世界に生まれたのだから、
善し悪しの判断なんてできないのに。それでも生きてきた。
これから「お前のしてきたことは悪だ」と罵られるだろう、それでも生きてゆけと言う。

ぎり、と歯を食いしばるのと同時にうつむいた。涙がこぼれそうだ。



「…そうじゃなきゃア、」


彼らと別れたなら、戦場を離れたなら迷わず自害してやろうと思っていたのに。
誰のせいでもないから、何のせいでもないから。

潔く格好良く死ねたのなら、それは私の生きてきた中で唯一の価値あることだと。
胸を張って無理をしてでも笑っていってやろうと思ったのに。



「俺がお前を迎えに行けねェからな」



迎えに行くまで、待ってろ。
そう言うように、願うように命ずるように、彼はちらりと私をみて優しく微笑んだ。

(弱虫も泣き虫もそのままでいい)(俺がお前を見つけられるように)