刹那の恋情


ぎんと、き・・・?

そう呟いた私の声は、戦場に降り出した雨の音に掻き消された。
辺りを見渡し、此処が何処なのかを確認する。
雨が降っているせいか霧がかかり、遠くはよく見えない。
とりあえず自分の周りには天人の死体だけが転がっているとわかり、
それらを避けるようにして歩き出した。

つい先ほどまで、すぐ傍で彼が共に戦っていたような気がしたのだが。
いや、確かに傍にいた。さっきその姿を見た。けれど今は居ない。
不安になり辺りをきょろきょろと見回してみても、あの銀色は見あたらない。
まさか銀時が討たれるなんてことは無いとはわかっていたが、
もしかしたら動けないほどの重傷を負ったのかもしれない、そう思い駆けだした。

雨は降り止まぬまま、時間だけが過ぎていた。
どれくらいの時が経ったかはわからないが、銀時がいないという事実に変わりはなかった。
もしかしたらもう皆の元へ戻っているのかもしれない、と戻ろうとしたが
ならば何故自分に一声かけないのかと疑問が生まれた。
いつもならば私に先に帰ると告げるか、私が天人を討つのを待つか、手伝うかなのだが、
今日はそのどれでもない、姿がないのだ。
やはり不安な思いは消えないままで、ただひたすらに探した。


「ぎんとき」


ぽつり、とその名を呟いてみた。
その声は自分でも聞こえるか聞こえないか程の、本当に小さな声。
掠れた、頼りない声だった。
名を呼んで出てきてくれるなら、と思ったわけではない。
そうだったならもっと大きな声で呼んでいた。
名を呼んだのには、違う理由があった。
ただ、寂しくなった。
いつもの銀色がないことに、自分を見つめる赤い瞳がないことに、
抱きしめてくれる優しい腕がないことに、私の名を呼ぶ声がないことに、
ひたすらに寂しさを感じた。
その名を呼ばなければ、彼は、銀時は何処かへ行ってしまったような、
そもそもこの世界にいなかったような、そんな気がして。

ただそれだけの理由だったから、だからまさか返事が来るとは思わなかったのだ。


「は・ぁ・い」


聞き慣れた声で、聞き慣れただるさで、見慣れた銀色が、見慣れた赤い瞳が私を捕らえた。
ばっ、と言う音が聞こえるような気がするほど、勢いよく声の聞こえた方を振り向くと、
そこにはやっぱり、枯れている木に隠れるように座る銀時が居た。


「怪我、」
「ま、大した怪我はねェよ。お前は?」
「平気」


銀時が言ったように、特に目立った外傷はないことに安心してほっとため息をつくと
銀時は自分の隣をぽんぽん、と軽く二回叩いた。
それは隣に来いと言うことなのだと気付いて、大人しく隣に腰を下ろした。


「突然居なくなってびっくりした、って感じだろ?」
「・・・うん。」
「悪ィ悪ィ。天人の奴らによ、はめられたんだわ」
「へ?」
「多分俺ととが組んで戦うのが嫌だったんだろうなァ」
「・・・あ、なるほどね」


確かにいつも、銀時が私と共に戦い出すと、天人は決まって嫌そうな顔をした。
いや、そんな生温いものではなく、恐怖のどん底に堕とされたような、そんな顔だった。
多分、私と銀時が、というよりは銀時単体が怖かったのだろうけれど。


「心配かけて悪かった」


こう言うときだけ素直に謝ってくる銀時が嫌いだ。
返す言葉に困るし、何より謝られる理由がわからないのだ。
生きていればそれでいい、筈なのに。そんなこと、お互いわかっているはずなのに。
だから私は返事をするかわりに、疲れた身体を銀時にすり寄せるだけにした。
そうすれば銀時は優しく頭を撫でてきて、すごく気持ちよくて、すごく眠たくなった。


「はやく帰って寝ようよ」
「じゃ、帰るか」
「やだ」
「あ?」
「動くのだるい」
「・・・ここで寝るとか許さねェからな」
「お父さんかっての」
「彼氏だろ」
「・・・そうですね」


お互い疲れているはずなのに、口は動きに動き、お互い無表情のまま会話を続けていたが
やはり銀時には口でも喧嘩でも勝てる気がしない。これっぽっちも。
決めるところは決める銀時は、どうしても格好いいのだ。
もしかしたらこれは彼女としての贔屓目かもしれないが。


「じゃ、おぶってってやるよ」
「ん、よろしく」
「・・・もうちょっとさ、こう、抵抗とかしようよちゃん。重たいからいいよっとか」
「え、だっておぶってくれるんでしょ?よろしくー。てかちゃん付けも裏声も気持ち悪いよ」
「・・・へーへー」


ほらよ、と言ってかがんだ彼の背中に遠慮無く乗り込んだ。
普通の女の子はここで銀時が言ったように
「重くてごめんね」とか言って焦ったりするのかな、なんて考えながら
その背中に全体重を預けた。


「何か考えてんの?」
「へ?」
「いや、今でっけェため息ついたからよ」


ため息なんていつの間についたのかと思ったが、もしかしたら背中の温もりに安心して
気づかぬうちにしていたかもしれない。
そう思うと少しだけ恥ずかしくなったが、相手はよく知った銀時だから、と
悩み事とは少し違う、率直な想いを告げた。


「私と普通の女の子の違いってさ、刀持ってるか持ってないかってだけじゃない?」
「・・・いやいやいや、そんなことはねェだろ」
「じゃあ他に何かある?」
「胸があるかな「真面目に答えろや」
「・・・や、生まれてきた環境とかよ。周りの奴らとか、そう言うのじゃねェの?」
「要するに刀を使えるか使えないかってことじゃん」


ハァ、と軽くため息をつきながら、変なイントネーションで
「どーしてそーなるの」と尋ねてきた銀時に、言葉を続ける。


「なんでさぁ、距離を置かれなきゃならないんだろう。  戦ってるって事は、そんなに恥じなきゃならないこと?女として可笑しいことなの?」
「・・・別にそんなことはねェだろ」
「銀時はそう言ってくれるけど、みんなはそう言ってくれるけどさ、  それは同じ場所で戦ってるからであって、世の中はそうじゃないんだよね。  傷だらけの私を愛してくれる人なんて居ないじゃん。そりゃ傷だらけは気持ち悪いかもしれないけどさ、  何が違うの?普通にへらへら笑って生きてきたような弱い女と比べられたくもない」
、ちょっと落ちつけって」
「落ち着いてるよ。落ち着いてるからこそこんなにいっぱい聞いてるんじゃん。  なんで?愛されちゃいけないの?戦ったから?傷だらけだから?どうして?  避けられなきゃいけないことした?女が戦うのがそんなに可笑しいの?  どうして、」



優しくも低い声で私の名を呼んだのは、確かに銀時で。
その声にびくりと肩を震わせたけれど、平静を装って「なぁに?」と聞いた。


「俺はお前が好きだ」


突然告げられた想いに、若干戸惑いながらも「ありがとう」と返した。
そして可愛くないとは思うけれど、「そんなこと知ってるよ」と言った。


「ほら、ちゃんと知ってるじゃねェか。お前は愛されてる。俺はが好きだ。  ヅラだって高杉だって辰馬だって、他の奴らだってみんなお前のことが好きだろ。  好きだから一緒に居るんだろ。みんなお前が大切だから、  お前は気付いてないかもしれねェけど、お前は嫌かもしれねェけどよ、  俺も、あいつ等もみんな、お前が怪我しねェようにって、死なねェようにって、  一緒に戦うか、見守るかしてんだよ」


言っとくけど、お前を信じてないとかそう言うことじゃねェかんな。
付け足すようにそう言った銀時に、その逞しいあたたかい背中に、私はしがみつくだけで精一杯で。


「別にいいじゃねェか、他の野郎に愛されなくたって。俺はお前が好きだよ」


どこか怒ったような、けれど優しい言い方に、私は銀時の背中にしがみつくように、
ぎゅっと抱きついた。


「けど俺はお前を、を愛すことはできねェ」
「・・・え、」
「何でかわかるか?」
「・・・わかんない、よ」


慰めるような口調で、事実慰めてくれていた銀時は、私にとって残酷な言葉を吐いた。
好きだけれど、愛しているわけではないとはどういう事なのだろうか。
それは、やっぱり、これ以上は踏み込めないと言うことだろうか。
いつも以上にマイナスな考えばかりが浮かんでは消え、涙が零れたような、そんな気がした。


「あー、泣くなって。お前が考えてるような意味じゃねェよ」
「じゃあ、どういう、」
「愛してるなんかじゃ、足りねェんだよ。好きだ。大好きで、死にそうだよ俺ァ」


どうしてくれんの、そう言った銀時に、大好きだよと呟いた。