の海に


気持ち悪い。

胸の中にたまったどす黒い感情を、すべて吐き出さんばかりに低い声で言った。
それでもすっきりすることはなかった、けどさっきよりは幾分か、
気持ちとしては楽になった。

足の踏み場がなくなるくらい、溢れた骸。
そのひとつひとつを見て弔いなり何なりするべきなのだろうけど、
残念ながら今の私にそんな余裕どころか、元気すら残っていない。


「銀時、」


こんな時にも思い出してしまうのは、悔しくなるくらい想うのは、銀時だ。
きょろきょろと辺りを見回しても、視界に入るのはやっぱり動かない人の山で、
本当に、正直言って気持ち悪くなる。

朱に染まった戦場に見飽きた、青々と広がる空に飽きた、
何処までも広がる灰色の雲も見飽きた、
私は今、何よりも彼の銀色を見たくて。


「うわっ、」


ふと後ろから聞こえた声、に振り返れば、夢みたいに良いタイミングで現れた、
望んだ銀色。
積み重ねられた骸をかき分けるように私の元までやってきて、
銀時はため息を一つ吐いた。

じぃっとその姿を見つめていると、目が合った。
互いにぱちぱちと数度瞬きを繰り返してから、視線を外した。
私の視線は空へ、銀時の視線は骸の海へ。


「こりゃすげぇ量だな」
「うん」
「これどこの隊のやつらだ?」
「多分、下っ端の方だと思うけど」


見て、背中に傷。
最低でも二人いれば背中に傷を負うことなどは無いはずだ。
しかしこんな風に傷を負っていると言うことは、
相手が余程強かったか、自分が余程弱かったかの二択だろう。
きっと、というか絶対に後者だ。
このあたりに現れると予想されていた天人は、集団で行動する奴らであり、そこまで強いはずもない。
そんなに強かったら銀時や小太郎あたり、または鬼兵隊を配置させる。


「お前は?」
「平気。来たときにはもう終わってた」
「あ、そ」


自分から聞いてきた割りにそっけない返事だ、
そう思っても相手には言わない。
どうせ帰ってくる返事は、今以上にそっけないものになるだろうから。
代わりに、というほどのものでもないが、そっちは?と聞き返した。
もちろん、怪我はしていないか、という問いだ。


「あー、そうだ。俺ァ平気なんだけどよ、ヅラの奴が、」
「小太郎怪我したの?!」
「いや、人の話は最後まで聞けって。ヅラの奴が、負傷者が多いから来てくれって」
「それを早く言え!」
「やー、その、なんだ、お前があまりにも死にそうな顔してたからよ」
「なにそれ、私の所為?」


本音を言えば、私の所為だとしても銀時の台詞は嬉しかった。
「私のために声をかけて、雑談をした」と好い方向に受け取れるような気がしたからだ。
しかしふと我に返って、小太郎が呼んでいるというのはいつのことだ、と疑問に思った。
先ほどからゆったりとした会話を続けているし、銀時が来てから暫く経ったはずだ。


「じゃあ速く行かなきゃ」
「・・・いや、いいんじゃね?」
「・・・は?」


来いと言ったのは、まぁ言ったのは小太郎だが、それを伝えに来たのは銀時じゃないのか。
なぜこんなにも適当な返事を返すのだろうか、先ほどから疑問ばかりだったが、
嫌な考えに行き着いた。きっとさっきから視界に入っている骸の山の所為だ。


「けが人の手当とか、そう言うので呼んでるんじゃないんでしょ」
「ばれた?」
「・・・またいつもの、変な儀式?」


変な儀式と言えば間違いなく小太郎はキレてかかってくるだろう。
だけど私からすれば、どう考えても変な儀式だ。
一々死んだ奴らに哀しみを寄せていたら、潰されてしまう。
悪いけれど、私には今まで死んでいった人たちを背負うほどの力はない。


「そう言うと思って、行かなくていいんじゃねーのって言ったの」
「嘘っぽいけど、一応ありがとう」


銀時は、どうだろうか。
今も死んでいった奴らを想い、その思いも武士道も背負っているのだろうか。
気になったけれど、なぜか聞けなくて、私に背を向けた彼の背中を見つめた。

気付けば日はもう沈みかかっている。
見飽きた青空も灰色の雲も消えて、爛々と星が浮かんでいた。


「銀時」


前にその名前を呼んだときは、どうにもならないくらい胸の中が気持ち悪かった。
なのに今では、何事もなかったかのようにすっきりとした気持ちだ。
それが全部彼のおかげなのだとは認めたくないが、認めざるを得なかった。
先ほどと変わったことと言えば、この銀髪があったか無かったかだけなのだから。


「んぁ?」


そっけない返事の次は情けない返事か、
はぁとため息を吐いてやると、私に背を向けていた男はゆっくりと振り返った。
その達者な口が文句を言う前に、小太郎が呼びに来る前に、
最後とばかりに思い切り、隅から隅まで骸の海を見渡して銀時の瞳へ視線を移した。


「ありがとう」


きっと数秒後彼は、何が?と素っ頓狂な顔で聞いてくるのだろう。
さらに数秒後彼は、優しく微笑んでくれるのだろう。
そして数分後には、小太郎あたりが怒号をとばしにやってくる。

彼の口が開くまであと数秒、
彼の瞳が、口元がゆるゆると弧を描くまであと数秒、
彼がそっと抱きしめてくれるまであと、
骸の海を去るまであと、
戦が終わりを迎えるまであと、

今度は骸のない場所で、ゆっくりと雑談できるようになるまであと、
彼が、、そう呼んでくれるまであと、