私はバスケが嫌いだ。理由はいろいろある。というのはうそで、ひとつだけ。
「征ちゃんがバスケやってるから」
赤司征十郎という完全無欠な存在をご存知だろうか。知らない人はいないだろう、だから完璧な人なのだ。 そんな最早神と呼べるような赤司征十郎における唯一の隙、とよく言われるのが幼馴染である私の存在だった。 平々凡々な容姿に平均の頭脳、運動はできないものは嫌いで、体育は可能なら休みたい。 好きなものは征ちゃん。この好きは憧憬によるもので恋愛などという甘やかなそれではない。
「私から征ちゃんを奪ったバスケなんて、」
小さい頃から要領のよくない私の面倒を見てかまってくれた征ちゃんを、いつも一緒にいた征ちゃんを私から取り上げたもの。
「そんなものだいっきらい」
私の一方的な話を聞いてくれた、唯一の女友達と言えるさつきは少しだけ苦しげに顔を歪めて、それでも、笑った。
「じゃあ、マネージャーは…」
「そんなのやったら不登校になる」
「…わかった」
先程の苦味は一切なくして、残念、といいながらもさつきはふわりと笑ってくれた。 こんなに可愛い子だったら征ちゃんの隣を堂々と歩けただろうか、なんて。考えるだけ無駄だ、私はさつきではないのだから。
「さつきの幼馴染?もバスケやってるんだね」
「そう、すごく上手いのよ!」
「征ちゃんの方が絶対つよいけどね!」
「そうね、」
幼馴染への絶対的な信頼は、私から友人と呼べる一切を奪ったけれど後悔はなかった。 目を細めて笑うさつきはやっぱり可愛くて、どうして私と友達になってくれたんだろうかと思ったけれど。 征ちゃんがいうには「桃井は敵を作りやすいから仲良くしておけ」「も一人くらい友達を作れ」ってことだった。 友人はいないけど敵は作らない私と、友人は作れるけど敵も作ってしまうさつき。 敵、という言葉の本当の意味を知るのはもっと先のことだったけれど、私たちはずっと仲良くいられそうだと思った。
「私の分も征ちゃんの勇姿を見ておいてね、さつき」
「えぇ、見にくればいいのに!」
無理にマネージャーに引き寄せたりしないし、と続けた彼女は、なんで見にこないのと言わんばかりに目を丸めている。 こんなに征ちゃんのことばかり考えている、いわばひっつき虫の私が見学にこないのが不思議なのだろう。 けど、残念なことに私が幼馴染の活躍を見たことはない。というのは、これまた嘘だ。 嘘をつきたくなるほど嫌な思い出だが、本当は数回ある。 ほんの数回の、すべてにおいて私はありとあらゆる体調不良を引き起こした。 吐き気、頭痛、腹痛、めまい、貧血。 腹の奥に潜んでいるような憎悪の塊がそうさせるのか、たまたまなのか、わからないけれど後者はなさそうだ。 こうして、見ることさえ拒む存在であるバスケットボールと、それに励む完全無欠な幼馴染と、 そのふたつしか知らないで生きてきた私は、幼馴染についていくように帝光中学に通って。
「じゃあわたし帰るね。部活頑張ってー」
「うん、また明日ね、ちゃん!」
また明日。中学に入ってさつきと知り合ってから慣れた言葉、 だがそれまでにはほとんど聞いたことのなかったものに、口元を緩めたまま、さつきに手を振って帰路についた。