いちあく

そろりと伸ばした手が届かないで力なく空をかいた。 数歩前を歩く、広い背中をぼんやりと眺めて涙がこぼれそうになる。 ぎゅう、と目をつむってそれを目の奥に戻して、ゆっくりと後を追った。 カツカツと鳴るブーツの音、からんころんと鳴る下駄の音。 じんわりとした夏前の暑さに体力も気力も奪われる。 どこかでちりんと風鈴がなった。 少し回り道をしてると気づいたのはそれからすぐのこと。 いつも曲がる角を曲がらず真っ直ぐに進んでいく背中は 相も変わらず縋りたくなるほど広かった。 このままどこまでも歩いていけたならいいのに。 そうしたらどこにも行けないままでどこにでも行ける、のに。 ふわふわと高い位置で揺れる銀色が、なんとなく綿菓子にも雲にも見えて口元が緩んだ。 おいしそう、なんて言ったらどんな顔をするだろうか。 触れてしまったら、どんな反応をする、だろうか。 歩幅を大きくして、少しずつ近寄る。 追いついたところでさっきは掴みそこねた着物の袖を少しだけ引いた。 ちらり、なんでもないようにこちらを見下ろす視線に、目を合わせられない。 ふぅ、と軽く息をはいたと思えば、また少し前を歩き出した。 だけどその歩幅はさっきよりずっとずっと、小さく、なっていて。 ぼんやり視界が悪くなっていくのに気づかないふりをして そっと着物から手を離した。 ここで立ち止まってしまおうか、 そんなことを考えたら、もしやってみせたら、立ち止まってくれるかな。 ふっと思い立って、ずっと俯けていた顔をあげる。 あぁ、なんだ、と、そんな考えはすぐに、吹っ飛んでしまった。 立ち止まって、呆れ顔で、少し面倒そうに手を差し出す姿があった、から。