目が覚めてぼんやりした頭のまま襖を開けるとソファに寝転がるひとがいた。 わたしの目と記憶力が正しければ、その姿は普段とはかけ離れてぼろぼろで傷だらけであった。 その傷の具合は、私のような貧弱な精神と肉体ではおそらく今頃三途の川に両足を突っ込んでいるほどである。 さてとりあえず聞きたいことがあった。これからの生活になんらかの影響を及ぼすかもしれない情報を確認したかった。 折良く彼は目を開けてソファのそばに目線を合わせるためしゃがみこんだ私の姿を捉えた。 「銀さんはさぁ、マゾかなんかですか?」 「ちげーよ」 違ったらしい。よかった。いや、なにがよかったのかはわからない。 わからないが気持ち的には楽だった。あまり特殊なひとと住むのは精神衛生上良くない気がした。 ついこの前まで"あんなところ"に住んでいた、というかなんとか日々を過ごしていた私が言っても説得力はないが。 「なんで怪我してばっかりなんですか」 「好きでやってねーっつの」 たしかに好きでやってたらマゾに違いない。よかった。具体的に何がかはわからない。あぁ、そういえば、困ったな。 「私手当とかやったことないですけど」 机の上に放置された救急箱をちらりと見て、銀さんの傷と見比べる。 まずは消毒だろうが、止血は…いらなさそうにも見えるが一応は必要だろう。おそらく。そうだとしたらやり方がわからない。 それ以外にも骨に異常があったらと思うも、それはもう医者じゃないんだからできなくて当たり前だと開き直ることにした。 うーんと悩んでいると不機嫌そうな声で、目を細めながら銀さんが反論する。 怪我したことを非難するつもりではなかったのだがそう聞こえていたのかもしれない。 「…べつに頼んでねーよ」 「あっ、ちょっと救急箱返して、やりますよ、どーせできないでしょ」 血だらけ泥だらけの腕がすっと伸びてきたと思えば救急箱を取り上げてしまった。 痛てて、と小さくこぼしながら銀さんは上半身を起こすと手当を始めようとした。自分で。 その痛みに震える手では満足に、いや必要最低限にさえ手当ができるとは思えなかった。 私が手を伸ばすと簡単に箱に届いて奪い返すことに成功した。 きっとあまり表に出さないが、それなりに、相当の負傷らしい。 拾われて、ここに住み着いてから怪我だらけの姿を見ることは多くはなかったが、少なくもなかった。 そういえば程度の傷もあれば、なにしたらそうなるんですかと呆れるほどの傷もあった。 貧弱な私はおろか普通の人でも意識をなくすのではないかと思えそうなほど抉られたお腹の傷だとか、 血でぐちゃぐちゃになったブーツのなかの足、とか。 私がスプラッタ系統苦手じゃなくて良かったですね、といつの日か言ったとき銀さんは鼻で笑ったけれど。 手当します、という私に銀さんはしぶる。 「…おめーもできねぇんだろーが」 痛いところをつく。たしかに生まれてこの方怪我人の手当の機会など、しかもなかなかの重傷など出会ったこともない。 「ま、できないもん同士でいいじゃないですか」 「なにが」 「何かが」 理屈をこねるのも面倒になって、というかいい加減消毒くらいしましょうよ、 と消毒液を片手に言うと銀さんは顔をひっそり歪めながらも大人しく腕を差し出した。 「…意味わかんねー」 「私もわかんないです」 ま、拾ってくれた分の手当くらいはさせてくださいよ。 戻 |