天井のシミがなにか霊的な力を持ったアレに見えるとか、横向きに寝ると背後からなにかを感じるとか、 なぜかふすまの方を見られないとか、なぜかカーテンの隙間から覗く窓が異常に怖いとか、 ちょっとの物音にびくりと体が反応するとか、そういうことは決してない。ない。ない。
「銀さん」
「なんだよ早く寝ろ」
「寝られないんです」
背後からのおぞましいほどのひんやり感を勝手に受け取りながら銀さんの布団にスススと近寄ってこそこそ話をする。 銀さんは暗闇の中でもわかるほど眉間にシワがよっていた。 肉って書いてたらどんな感じになるのだろうか、今度やってみよう。
「…はあ?」
「ホラー映画やってたの見ちゃって」
「バカだろ、お前ほんとバカだろ」
「もうバカでいいんでそっちの布団いれてくださいしぬ」
「しなねーよ」
「いいんですか、もし幽霊が出た時銀さん道連れにしても」
「ふざけんなァァ!お前逝くときは一人で逝け!」
「薄情者ォ…!祟ってやる…」
「やめろお前それはマジでやめろ」
「布団いれて」
「…はやくしろバカ」
こわくはない。怖くはないが妙な悪寒からはやく逃れたくて会話のテンポも自然とよくなっていた。 計算通り、いや、期待通り銀さんはそのぬくもりを分け合ってくれるという。 寒いから仕方がないのだ、妙に寒いだけなのだからどうしようもないじゃないか。
「あーもう銀さんさすが優しいカッコイイ」
「棒読みにも程があるわ!」
「あったかいー銀さん子供体温ー」
ぬくぬくとしたその空間はあまりにもはやく私からあらゆる妙な感覚を奪い去ってくれた。 ものだから。思わず緩む口元は布団の中へ隠して、急速に膨らむ眠気を抑えながら、銀さんの横腹をつついたりした。 腹の肉をつまみ返されたからすぐにやめた。
「お前が体温低すぎるだけだろ」
「夏はひんやりしていいでしょ?」
「冬はさみーだろ」
「そんときは銀さんの横にひっついてますね」
「俺の体温奪う気満々じゃねーか…」
「…え?」
「その当たり前じゃないですかとでも言いたげな顔はなんだ」
「ご名答」
「お前なァ…!」
「あー…おやすみなさーい…」
「こんのクソガキャアアア!」
「銀さんうっさい」
「腹立つゥ!はやく寝ろバーカ!」
「うあー…おやすみなさぁい」
「はいはいおやすみ…」
膨らみに膨らんだ眠気は破裂寸前で、瞼はすっかり閉じてしまった。 私は今日映画を見たことさえ忘れて、ただその心地よく響く低温の海に潜り込むことにしたのだった。