「洋平くん」
「はい」
ジリジリと日が照りつける午後。忙しなく蝉が鳴き叫ぶ季節。
「暑い」
「ですね」
バイト休憩にアイスを食べようと買いに出たはいいものの、日差しにやられ、照りかえしにもやられ、なんなら蝉の声にさえジワジワと体力を奪われている。
「洋平くんはもう夏休みなの」
「そうっすね、一昨日から。さんはまだなんですか」
「うん、まだレポート3つも残ってる」
笑える、といいながらも、暑さで笑みを浮かべる余裕もなく。額から頬に垂れてきた汗を隣のかっこいい男の子に気づかれないようそっとぬぐった。
「さん最近シフト入りすぎじゃないですか」
テスト前とかも入ってましたし、とこの暑さにもかかわらず涼しい顔をした、このかっこいい男の子、水戸洋平くんは隣を歩く駄目な大学生の心配をしてくれる。洋平くんは優しい。それも半端ではなく、もんのすごく優しい。
「俺どうせ暇なんで休みたかったらいつでも言ってください」
高校に通い、バスケに精を出しているという友人を冷やかしつつ、バイクが好きだというからお金が足りないのか空いた時間に洋平くんは私と同じファミレスで働いている。暇なら本当はバイクをいじってたいんじゃなかろうか。けれど洋平くんのことだからそんなことを聞いても笑ってかわすんだろう。たとえば、うーん。ファミレスのが涼しいっすから。とか言って。笑って。
「洋平くんはさあ」
「はい」
「彼女いないの」
「…いないですね」
「そっかー」
なにをどうしたらこんなにいい男を放っておくんだろうか世の中は。洋平くんの綺麗な黒い瞳が、もっと好きなものや好きな人に向けられていてほしい。私の代わりに入ったファミレスで出くわすお客ではなくて。見慣れた量産的な料理でもなくて。そしてこんな素晴らしい男の子が、ダラケきった生活を送る駄目な大学生の代わりにシフトに入らないで済むように、見合うような素敵な女の子がいてくれたらいいのに、と思う。思う、けれど。少しだけ、しかし確かに胸のあたりがゾワッとしたような。ちくっとしたような。熱中症かしら。
「さんは、」
「うん」
「……レポートいつ終わるんですか」
「えー、本当は全部今週中に出さなきゃいけないらしいよ」
「本当は、ってことは、」
「まるで終わる気がしない」
ふ、それ大丈夫なんですか。と洋平くんが笑った。肩の力が抜けるような笑い方をするひと。見ているこっちがほっとするような。癒しだなぁ。頭のてっぺんから日に焼けていくような感覚を感じながらも、ぼんやり洋平くんを眺めていると、視線が交わった。
「さん」
「んー」
「レポート終わったら、」
「、お、おわったら?」
半歩前を歩いていた洋平くんが体ごと振り返ったと思えば、腕まくりした白いシャツから伸びる綺麗に筋肉のついた腕を伸ばして、骨ばった男のひとらしい、それでいて美しい指先を備えた手で、私の手を取った。
「(あったかい)」
「…さん相変わらず手冷たいっすね」
「洋平くんはあったかいね」
緩々と口元を緩めた洋平くんは相変わらず綺麗な顔立ちだった。腕や手や顔立ちをしみじみと、何度でも眺めてしまう私の心がいつか読まれたらどうしよう。こうして手を取ってくれることもなくなるだろうか。ぼうっとそんな心配をしていた。ドクドクと自分の内から生きている音がする。そういえば蝉の声は止んでいた。
「レポート終わったら、俺とデートしてください」
「好きです、さん」
酸化する青
夏のお日様にも負けないような眩しい笑顔で彼は言う。
(夏になったら言おうって思ってたんです、)
(あんなに手の冷たいさんが汗をぬぐってたから、もう夏かなって)
title : 不在証明