残暑だというのに毎日厳しい暑さが続き、八月の終わりにもかかわらず毎晩熱帯夜が続いていた。 たしか今朝のニュースで何十日か連続の記録更新だと言ってたっけ。 基本は外に出ないで書類整理ばかりやっていた私も、日中なんか郵便物を受け取りに出ただけで 倒れそうだった。こんな暑い中、交代するとは言えずっと街を見廻っている隊士たちを心から尊敬する。 普段どうしようもない姿ばかり見ているせいか、つい褒め倒したくなる。 しかし同時に、彼の場合はようやく自業自得を味わったことだろう。


「あァ、どうだあいつの調子は」
「うーん、大人しく寝てますけどまだしばらく安静が必要ですね」


ぱたぱた忙しなく廊下をかけていると、見廻り帰りなのか随分汗ばんだ土方さんに声をかけられた。 つい怒られるかと姿勢を正したが心配なかったらしい。 土方さんは今頭の中が彼でいっぱいらしい。心配で仕方ないんだろうな、そんなことを言ったら それこそ怒られてしまうけど。そうか、とだけ言って肩からジャケットをさげながら去る後ろ姿に くすりと笑みを零した。

そういえば今日は朝から、土方さんだけじゃなく他の隊士からも遠回しに心配の襲撃をくらった。 もう落ち着いてるからそんなに気になるなら一緒に行きますか、と誘っても すぐに手を振ってさってしまう。そのくせ眉間には皺たっぷりで、なにもないところでつまづいたりして、 何でも無いふりしたり、して。


「素直じゃないひとたち」


口元を緩めたまま、心配の元、ちょっとした騒ぎの原因へ向かう。 いつもサボってばかりいるから罰が当たるんだよ、そう言っても ふらふらしていた彼はしれっとこれくらい平気でィ、と言った。その後倒れたのだけど。


「総悟、はいるよ」
「…んあー」


襖を開けて部屋を見ると、予定していた場所に目的の人物がいない。 布団が空っぽだ、ゆっくり目線をあげると、彼は縁側に腰掛けていた。 はぁ、ため息をついてもきっと布団に戻ってくれないんだろうな。 零さないように慎重に持ってきた、タオルを濡らすための桶を適当に置いて、 一応隣に座っていいか聞いてから、左隣に腰を下ろした。


「寝てなきゃだめだって言ったでしょ」
「寝たら忘れやした」
「…殴れば思い出す?」
「勘弁してくだせェ、病人ですぜ俺ァ」


なら大人しく布団に戻りなさいよ。ため息のように吐き出した言葉に、彼はただ薄く笑った。

行きつけの団子屋さんから連絡があったのは昨日の夕方だった。 あんたんとこの隊長がぶっ倒れて、意識がねェんだ。 今まで聞いたことのないほど焦ったお店の主人の声に、慌てて屯所を飛び出た。 私が駆けつけた頃にはもう土方さんたち見廻り組とパトカーも到着していて、 急いでつれて帰って。パトカーの間で総悟はすこし呻いただけで、何度呼びかけても反応がなかった。 屯所に戻り、あらかじめ適温にしてもらった部屋で寝かせ、一晩中そばについていた。 土方さんや屯所付きの医師はそろって夏バテだと言い、 彼が起きたら欲しいものを用意してあげようと思ったから。 深夜だったか、早朝だったか、目を覚ました総悟にたずねると食欲がないという。 疲れたし、熱っぽいし、とにかくだるいと言ったが、無理矢理すこしの食事を取らせ、また寝かせた。 朝には治ってまさァ、と自分で告げた症状の割にのんきなことを言う総悟に、 まだ寝てなきゃだめよ、と確かに言ったはずだ。三回は言った。 そのあと二回言ったが、その頃にはもう寝ていただろう。五回言っても忘れるなんて、どうすればいいのか。


「夏バテで弱ってると、夏風邪も引きやすいんだって」
「あァそりゃ大変でィ」
「夏風邪は治りづらいの」
「そいつァ困った」
「真面目に聞けバカ」


つい頭をはたきたくなるのを抑えて、吐き捨てるように暴言を一つ。 心配したんだから、なんて自分勝手な思いは決して言ってやらないけど、 みんな心配してるんだよ、なんて喜びそうなことも絶対に教えてやらないけど。

熱は下がったの、聞きながら綺麗な髪の下に隠れた額に触れる。 びくり、と肩がわずかに動き、汗かいてますぜ、と言っただけで抵抗する様子はない。 多分、体力がないだけだろうけど。 触れたそこはまだわずかに熱く、たしかに汗がじんわり広がっていた。


「熱あるよ」
「そりゃ生きてますからねィ」
「そういうことじゃなくて…」


いつも通りの無駄口だがいつものあくがなく、大声で怒鳴る気にもならない。いや、普段からしないけど。 桶と一緒に持ってきた小さめのタオルで、額や、首や顔の汗をなるべく丁寧に、優しく拭き取る。 珍しく目を閉じて大人しくしているもんだから、やっぱり、どうにも調子が狂ってしまう。 もしかしたら今なら素直に言うこと聞いてくれるんじゃないか、そんな考えが浮かんで 布団に寝させようと上手い言い回しを練っていたら。


「…そーご?」


とん、肩に重みと温もり。 自分より少し高い体温が、日中さんざんくらったクーラーで冷え気味の体に優しかった。 また調子が悪くなったのかとおそるおそる声をかける。


「ほら、無理するから…。総悟、布団戻れる?」
「…すこしだけ」


肩、かしてくだせェ。
バテてるせいか、それとも調子が悪くなったのか、随分と弱々しく小さな声。 あ、うん。とふわふわした返事を返すと、右肩の重みが少しずつ増していく。


「あ、ねぇ待って、ここじゃ体冷えちゃうから、ねぇ総悟、」
「だーいじょうぶでさァ」
「私は平気だけど、総悟はだめだって。ちょっと、」


もうかなり眠たげな声。あと数秒で眠るだろう。せっかく寝てくれるのに起こすのも気が引けて、 でも縁側で寝るなんて本当に風邪を引いてしまう。きょろきょろ辺りを見回して、見つけた。 あぁそういえば、体が冷えたら羽織ろうとおもったんだっけ。 すこし小さめの、薄い毛布を総悟にかけてやった。今日も一日中そばについていようと思って持ってきたものだ。


「あったけー」
「だから寒いなら中に、」
がいい」


え、と口をだらしなく開けて、数秒後に言葉が出ずに、ただ口元をぱくぱくと動かし始めた頃には、 すーすー穏やかな寝息が聞こえた。




Amore infinito


(触れるのは、そばにいるのは、この先ともにするのは、)(いつまでもずっと、お前がいい)



何年も一緒にいてはじめて聞いた台詞に、顔中熱くなって到底眠れやしなかった。
起きたら問いただしてやる、睡眠を奪った罪を、罰を受けてもらわないと。

きっとあなたは、寝たら忘れた、そう言うのだろうけど。


title@傾いだ空