けらけら楽しそうに笑う顔が、血まみれになっても変わらぬままなのだと誰が想像できるだろう。
本人の前では言えないけれど、幼さを少し残したような、しかしそれでいて綺麗な顔、
で笑いながら誰だって殺してみせる。
至極、楽しそうに。



神威、神威。
二度ほど呼んでみたが、気づく気配も振り向く様子もない。
よっぽど目の前の獲物にご執心のようだ。
気持ちを隠したり無理したりなんて私には合わないようで、
心の思うままを表そうとむすっとしていると、後ろから呆れた声が聞こえた。


「なにいじけてんだ。いつものことだろう」
「べつにいじけてないけどー」
「じゃあその膨らんだ頬はなんだい」
「これは拗ねてるだけー」
「なにが違うんだか」


くつくつ笑う阿伏兎が少しだけ憎かった。どうせあんたにはわからないわ。
ますます頬を膨らませているうちに、我等が隊長は獲物を全部仕留めたようで。
両手についた血を舐めながら、にこにこ笑いながら戻ってくる。なんて楽しそうな顔をするんだ。

あぁこれで船に戻れる。そう思うともやもやした気分も晴れていくようだ。


労いの言葉などかけないで、くるりと背を向けた。
別にそれは隙を作ったとか、私の中ではそういうわけじゃなかったんだけど。


、背中ガラ空きだよ」


彼の中ではそういうわけだったようで、
いつの間にやらの速さで私の斜め後ろにぴったりと神威がくっついていた。
さすがに驚いて仰け反ったが、楽しそうに笑う彼は勢いを止めない。がつん、地面に頭を打ち付けた。痛い。

まずい殺される、目がイっちゃってる…!
そう認識したときにはもう遅くて、視界はすっかり空と神威でいっぱい。


阿伏兎なんとかしてよ、死んじゃうよ。
倒れた拍子に打ち付けた頭がずきずきと痛んで、勢い余ってつい阿伏兎を睨みつけてしまった。
神威が暴走するときはたいてい阿伏兎になんとかしてもらうから。

だけど彼は手を差し伸べるわけでもなく、焦るでもなく
楽しそうに、そうたとえば、いたずらを思いついたときの神威みたいに
ニヤリと笑って、なんと、去っていった。


「え?あ、あぶ、と?」
「隊長、急がねェとどやされるぞ」
「わかってるよ」


すぐ終わる。
にこりと、見方によってはそりゃもう幸せそうに、
私に馬乗りになっている彼は微笑んだ。

あ、死ぬ。
諦めが肝心とはどこぞの綺麗な星で聞いた言葉だけれど
なるほどこういうことかと納得して、ぱたんと目を閉じてやった。
願わくばひと思いに、なんて、神威なら言われなくてもやってくれるか。
あぁ阿伏兎のやつをもっと睨んで罵ってやればよかったかな。

憎しみと後悔をぶつける相手を阿伏兎に設定して、ひとまず心を落ち着ける。
ぼんやりと思い出でも振り返ろうかな、せっかく人が大人しくしてあげたのに
けらけらと楽しそうな笑い声が聞こえた。
それでも目を開けることはしなかったけれど、神威にしては勿体ぶるなアなんて思ったりもして。


ってホントに面白いや」
「はいはいそりゃ光栄です」


死に際に褒められてもバカにされてるようにしか聞こえない。実際そうなのだろうけど。
まぁ、でも。どうせ死ぬんならむすっとしてるより笑いたい。
さて何を言ってやろうか。いつ殺されるかわからないのだから、短めの言葉にしよう。

…どうぞ、やるならひと思いに。

そう、言ってやった。上手く、にやりと笑えただろうか。


「あ、いいの?」


のんきな声が聞こえて、眉を顰めた。本当に神威らしく、ないな。
いつもならぱっぱっと一人で片付けちゃうくせに。

考えるのも疲れた、もう終わりにしよう。
なんて思うと、不思議なことに面白くなって笑みが浮かんだ。
終わり、か。あっけないなぁ。いまの笑みはきっと、自然だったろうな。


さあどうぞ、

だけれど、最期の科白を言い切るまえに感じた感触は、痛みでも血の流れるようなのでも
ましてや斬られた殴られたなんてものでも、なかった。
彼がいつも誰かや何かを殺したあとに、あぁ楽しかったと吐く科白も、笑い声も聞こえて来ない。

そういえば私は神威に牙を向かれることなんてなかった。
なんでそんなことも思い出せなかったんだろう。
ただただ、彼は私の心にだけ衝撃を与えていくようで。


「…か、む、い、」
「やった、これのファーストキスでしょ」


ギギギ、とでも聞こえてきそうなほどに
やっとぎこちなく目を開けた。もう見開いた。
そんなら私を見て、殺し暴れたあとみたいにけらけら笑う彼はいつも通り、
船に向かいながらくつくつ笑っている阿伏兎も、いつも、通り、だけど。


「いま、なに、して、」


唇に触れた感触は、どうにもいつも通りじゃなくって、
その感触も、人生で一番と言うほど震えた自分の声も、到底忘れられそうになかった。



神がした失敗作



(なにって、キス)(き、す、って、)(愛情表現だよ、もちろん、)(を愛する、男として、ネ)








「ね、すぐ終わったデショ?」


彼はそりゃもう楽しそうに笑って、湯気が出るほど熱く、真っ赤になった私の頬をつついていた。
殺されなかった安心感と、なにをされたのかいまいち把握しきれない不安とが入り乱れて
ぽかーんと空いた口はふさがらなかった。瞬きが止まらない。


「阿伏兎行っちゃったし、なんだか可愛いし、」


今度はすぐ終わらないの、やろっか。


にやりと、今日一番、いや、いままでみた中で一番悪そうに笑う姿をみて。

あぁもうどうにでもして、
見開いていた目をぎゅっと閉じた。



title@容赦ください