「今のはお前が悪ィ」
「なにを根拠に言っている」
「おいヅラァ…、いいかげんしようや」


あいつ、泣いてたぜ。
そう言って、生気の欠片も感じさせない目で俺を見た。
かつては命を預けた旧友でも、今ではすっかり情けない生活を送っている。
そんなやつにさえわかるというのに
俺にはどうにもあいつが出ていった理由がわからなかった。


「俺はなにか気に障るようなことを言ったか?」
「…それがてめェでわかんねぇなら、を追いかける資格はねェってこった」


ひらひらと手を振って去っていく後ろ姿を、さっきの彼女の姿に重ねてみた。
そうしてやっと気づいたのは、その背中は
とても小さく、弱々しく、けれど確かにそこに在ったということ。


自分の言動を振り返ってみた。
そもそものはじまりは、我ら攘夷党の住処に
と銀時がやってきたことだ。

珍しいことだと驚いて奥へ通す。
重要な話でもあるのだろう、ふたりの表情は重たかった。


「ふたり揃ってどうした」
「あの、ね。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」


ゆっくりと顔をあげたは、しっかりと俺を見据えた。
なんとなく、悪い予感がした。


「私、真選組で働くことに、なって」


それで、その、

などとどもりながらは話を続ける。
だがそのあとの話など、俺はまったく聞いていなかった。

つい先日まで、彼女は俺の横で笑っていた。
それが怪我を負って戦線に復活できないとわかってからは
銀時のところへ預けておいたのだが。


なぜ、真選組。


ぐるぐると頭にそのたったひとつの疑問が回り、自問自答を繰り返した。
銀時はたしかに給料などは払っていないだろう、
しかし見知った仲だ、それに俺のそばにいる頃から金などこれっぽっちも与えていなかった。
そもそも金に飛びつくような女じゃない。


「なにが不満だ」
「え?」
「なにかが嫌でそんなところへ行くのだろう」
「…ちがうってば。話きいてた?」


の眉間にシワが刻まれていく。
俺のそこも、同様だった。

じっと見つめ合う、いやそんな素敵なものではなかった
一触即発の雰囲気で、睨み合って。


「もう、いい」
「待て、俺の問いに答えろ」
「だから、話したでしょう」


ひとつも聞いてくれないね。

顔を背けて、がそういった。心なしかそれは震えていた。
おもむろに立ち上がると、大きな音を立ててふすまを閉めて出ていった。

そうして、冒頭に至る。



話を聞かなかったから怒ったのだろうか、
あいつはそんなに心の狭いやつではなかった。


もしかして、俺が悶々と考えている間に、なにか大切なことをしゃべっていたのだろうか。
きっとそうだ、ならば確かに悪いことをした。


がらがらと戸を開く音がきこえたので急いで玄関へ行った。

かもしれない。

そんな淡い希望は一瞬で崩れ落ち、再び旧友が姿を現した。


「…今度はなんだ」
「いやァ、があんだけ必死に話してたことを聞いてなかったなんて許せなくなってよ」
「…少し考え事をしていた」
の話より大切か、そりゃ」


そこでやっと気づいた。
そうだ、の話も聞かず、勝手に悪いほうへ考えて。
のことだ、なにか考えが在って真選組に勤めようと思ったろうに。

銀時に頭を下げると、面倒そうに、手短に彼女の話を教えてくれた。



「私、小太郎のいいところいっぱい広めてくる。

 副長に、言われたの。
"そんなに捕まらせたくねェなら
 お前が真選組に入って、桂の評判でもあげたらどうだ" って。

 だから、がんばってくる。


 成功したら、さ。
 堂々と一緒に街を歩けるよ、小太郎。

 そしたら、たくさんデートしようね」




幾つ数えたら
を追ってもいいのだろう





そんなにも優しい君を
こんなにも愛おしく思う。



慌てて飛び出して、必死に走った。
運命とやらを信じたくなるくらいのタイミングで、とぼとぼと歩く小さな背中を見つけた。

神とやらも信じてやろう、
そんな馬鹿げたことを思った。

抱きしめた彼女は、ひどく華奢で、小さくて。


「小太郎の、ばか」
「すまん」
「わかってない」
「…女心はわからん」



くすくすと涙のあとをのこしたまま笑う姿が
ひどく、愛おしかったから。



title@傾いだ空