長い黒髪は、女の私より綺麗だった。
いつもは風になびくそれも戦闘となればきゅっとまとめられて束になる。
その束が白の鉢巻と共に揺れ動くのが、私は好きだった。
白黒はっきりとした見た目が、掴めそうで掴めないそれが、まるでその主自身のようで。


束の主は、銀時のように飄々としてほとんど生気がないようなのではなく
かといって晋助のように、冷たさの中にぬくもりを隠し持つようなタイプでもなくて。
もちろん辰馬のばか明るいみたいなのとも違う。あ、辰馬泣くかな。


それにしても彼の瞳はいつも、いつもいつも、真っ直ぐだった。
国のため仲間のため己の正義のためと、たくさんの思いが錯綜する中で彼は何を守ったろうか。

そんな彼のそばにいた私は、何をしていたのだろうか。


守りたいものも、見失い。
零してきたものの確認と振り返ってばかりだった。
何度小太郎に怒られても止められず、
落としたものが気になって、引き返したくて仕方なかった。


「落としたものを数えて何になる?また失くすつもりか」


真っ直ぐな、ある意味純粋な瞳でじっと見据えられ、怪我を負う度お説教。
小太郎の言うことが間違ってないのはわかっていた。
けれど私自身の行為が間違いだと切り捨てることが、どうしたって出来なくて。
これは自分のためだけの勝手な行動だ、エゴだと何度噛み締めても、だ。


そんな私に銀時は、答えなどないさと言った。
それだけしか言わなかった。
だから私は、やっぱり自分に都合のいいように解釈して
あぁ私は間違ってないのだと自身に言い聞かせた。


この気持ちにも、間違いなんてないのだ、と。

好きだった、

優しく包んでくれるぬくもり、本当にたまに零す笑顔。
驚く顔も、必死に何かを想う姿も、
全部が彼の、小太郎たる所以だと知っていたから。

心配性なのも、お節介なのも、私には特に酷いことだって知ってた。
知ってて、時にはわざと怒られるような、心配かけるようなこともした。


いつ死ぬともわからない身でこんな想いをもつだなんて、
きっとまた怒られてしまうんだろうな。

それでもね、それでも私は、
あなたがみんなを想うあまり、
汗に隠して涙を流していたのに、気づいていたから。


溢れんばかりの、戦場に不似合いなこの感情を
エゴにまみれた厭らしいこの想いを
こんな形で伝えるなんて卑怯だったかな。
最後まで私は自分勝手だね、また、お説教だ、


「――こた、ろ」


顔を歪めた小太郎に、手を伸ばす彼に、私を斬り、突き飛ばした天人越しにそっと微笑んだ。


すきだよ、
伝わっただろうか、届いただろうか。
卑怯だと、思っただろうか。
また怒ってくれるなら、心配してくれるなら、それもいいのかもしれない。

なんて考えるわたしには、
最期に見上げる相手は、下卑た笑みを浮かべた天人がお似合いなのかしら。





数秒の浮遊感の後、全身に激痛と荒く包まれるような感覚が走った。
海に落ちた私は、自分の口から貴重な酸素をどんどんとこぼしていくのを
閉じかけのまぶたを必死にこじあけて見た。
海面の揺らめきが遠くなっていく、日の光が遠く、遠く、なって。


誰もいないのに手をのばす。

最期の抵抗だ、と。
精一杯空を仰いで見せた。




真っ暗な海でを仰ぐ







綺麗な黒が、閉じかけた私の視界に飛び込んだ。
さて数秒後には優しく包むぬくもりが。

(死なせはしない、)(彼が囁いた気がした)(伝えたいことがある、と)


title@模範坂心中