「あ゛あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜」
「………なにしてんの」
「ああ゛っ?!……あぁ銀さん、こんにちは」

家に帰ったらデスボイスが聞こえた。つい先日、花火大会の帰りに付き合うことになった相手が扇風機の前で涼んでいた。花火大会の帰りってお前どこの中学生だよ、ってツッコミは置いといて、前述した二点から導き出される答えは何だ。

「今の声、もしかしてお前か?」
「もしかしなくても、わたしです」
「なにあの地獄の底から這い上がってきたセミみたいな声」
「すっごいツッコミづらい例えやめてください」

――宇宙人の真似してたんですよ、知らないんですか。

トボけた顔で尋ねてくる彼女は、万事屋に来るようになってからもう長い。きっかけは万事屋へと上がる階段の途中で――そうだ、ちょうどこんな暑い日だった――オアシスを求める砂漠の旅人のような様相で倒れていたのだった。

「今日38度ですって、聞きましたか。わたしの部屋クーラーも扇風機もないんですよ、死にますよ」
「それどころかトイレも洗濯機も風呂もねーだろ、知ってんぞ」
「あれ、この前言いましたっけ」

ジリ貧生活のためクーラーの使えない万事屋ではあるが、扇風機がある分彼女の住まいより随分マシなのは涼む姿だけで十分伝わって来る。彼女の家に行ったことはないが、どうやら雨漏りするわ地震でヒビが入ってるわ壁が薄すぎて隣のやつの寝言がうるさくて眠れないわで、散々だということはわかっている。

あの日、とりあえずカッパよろしく頭から水をかけてやったところ少しの間を空けて彼女は階段上で蘇った。ボロボロで汚れた衣服に、目を瞑るには多すぎる細かな傷跡の量。傷が治るまでの間だとかなんとか言いながら、結局のところはあれよあれよといつも通り懐に抱え込んでしまったのだった。

「お前ね、家がないっつーからせっかく探してやったのに何でそれを蹴ってまで選んだ家がそんなオンボロなの?銀さんのこと嫌いなの?なんなの?」
「違いますよ、言ったじゃないですか…お金ないんです…」

皆まで言わせおって、とでも言いたげな視線でこちらを見やる彼女は、あの日と打って変わってこざっぱりした年頃の女だ。それこそ化粧だのおしゃれだの買い物だのデートだのなんだのと、ワイワイはしゃぎたい年頃だろう。だのに、――自分で言うのも虚しいが――甲斐性なしと見て取れるこの俺と付き合うことを手放しで喜んでいた。せっかく(オンボロにせよ)家があるってーのに、毎日のように万事屋に入り浸るのは、おそらく俺の自意識過剰とかではなく、そう言う理由だろうとはわかっている。しかしなぜ。そもそも俺と。

「ひとつ伺いたいんですがね、お嬢さん」
「なんでお金ないのに銀さんと付き合うかって?」
「……エスパー?」
「なんかそんな顔してたから」
「どんな顔だよそれ、怖ェよ。知らぬ間にそんな顔してんの銀さん」
「してんのよ銀さん、そんでその質問はそのまま金属バットで打ち返しますね」

扇風機と向き合って綺麗なストレートヘアーをなびかせていた彼女は、飽きたのか今度は後ろ向きで風を浴び始めた。髪が顔に当たって痛そうにしている。この子はアホなのかもしれない。そしてその風を俺にも分けてあげようみたいな気持ちが微塵もなさそうだった。こいつの髪の毛もくるくるパーになれば良いのに。

「俺はお前その、あれだよ、シラフでいえてたまるかよ」
「私はね、銀さん。銀さんがあの日私の頭に水をぶっかけてくれるような変人だったからだよ」

それっきり彼女はまた扇風機に向き合ってデスボイスごっこもとい宇宙人の真似を再開してしまった。うるせェことこの上ねェが、じわりと赤く染まった首筋にぞくりとみぞおちが疼くのを感じた。

「それで何だってそんな変人の家に毎日来るわけ?」

疼かせた責任でも取ってもらおうか。そっと背中に忍び寄りすぐ後ろから耳元へ問いかけると彼女は小さな悲鳴を上げてすぐにバランスを崩し俺の胸元へと倒れこんできた。

「・・・変態だ」
「んなのわかってんでしょーが」
「ど変態だ…」

顔まで赤くなり始めた俺の彼女がやけに可愛くて、これは扇風機の風で冷やされてたまるかとリモコンに手を伸ばしたその時、彼女のそれと重なってしまった。

「…あ、」
「まっさかちゃんこのいい雰囲気の中、風を強めて誤魔化そうなんてしてないよなァ」
「いや、あの…」

胸元にすっぽり収まったまま口ごもる彼女を見下ろすと、耳朶まで真っ赤になっているのが見て取れた。

「なに、どしたの」
「…あの…て…手を、初めて触ったなって…」
「………は?」

リモコンと俺の手に挟まれた小さな手がわずかに動いたのを感じた。それっきり彼女は耳まで赤く染めたままぐうの音も発さなくなった。


「(・・・いやいやいやいやいやどこの中学生だよ!!)」


叫びたいほどのツッコミは当然口に出すわけにもいかず、天を仰ぐばかりだった。マジで、どこの、中学生だ、俺は。じんわりと熱くなっていく顔を見られてたまるかと、リモコンから小さな手をはがして、確かに初めて手を繋ぎ。残った片腕では彼女を後ろからきつくきつく抱きしめることしか、できなかった。


「…ぎんさん、すごく、暑い」
「うるせェ、お前な、男は女の初めてに弱いんだよ気ィつけろバカヤロー」





やせない熱情




(オンボロな家にした理由はね、口実ができるからですよ)
(お前そんなこと言ったら理由なんかなくても会いに行く俺がバカみてェじゃねーか)