ゆるりとまぶたを開けると体の節々が痛んだ。また変な寝方をしていたらしい。
横になったまま数回瞬きを繰り返して時計に目をやってからようやく、昼だと気がついた。
ちゅんちゅんと鳴く鳥は近くに止まるわけでもなく飛び去ったらしい、影だけが素早く現れて消えた。
差し込む陽射しがまぶしく、心地よく、ぬくもりを残す。

半身だけ起こしてぼうっと昨日からの記憶をたどると、体の節々よりもそれなりに痛む頭は
少しだけ多めに飲んだお酒のせいらしいとわかった。




昨日の昼頃お登勢さんから電話がかかってきて、三人の看病をしてやってくれと言われた。
なんのことかわからないまま、くればわかるさと言われて急いで万事屋に向かうと
三人がいびつな川の字で寝転がっていて。真っ先に目に飛び込んできたのは、三人の身を纏う包帯の多さだ。
ぐうぐうと寝ているまだ幼さの残る二人と、ばつが悪そうな顔をしてこちらを見上げた一人。
いつもなら好き勝手に跳ね回っているはずの銀髪さえ包帯で所々押さえつけられ、
その主人が三人の中で一番重傷であろうことは一目でわかった。
いつもそうだ、一番傷ついて、一番何でもなく振る舞う。

三人に昼食や夕食を作って、包帯を変えたり掃除をしたりと身の回りの世話を一通り終えてから
自分の家へと帰った頃にはもう日付が変わっていた。
なんとなく開けた冷蔵庫には偶然にも発泡酒の缶が数本。乱暴にその数本を全部だして、
決して強くはない酒に身も心も投げ出したのだった。





ぼんやりと昨日から今までのあらましを思い出すと、そろそろ布団を抜け出そうという気が起きた。
まだ温もりの残る布団の中から残していた半身も出すと、少し肌寒い。
居間の小さなテーブルにはいかにもな様子で缶が転がっている。
まだじんわりと痛む頭になんとなく申し訳なくなって、適当に缶を片付けてから
ソファの上に綺麗にたたまれた着物を簡単に着て、下駄を引っかけ外へでた。


大江戸スーパーで冷えピタや飲み尽くしてしまったから、と数本の 缶ビールをかごに入れる。
ふと通り過ぎた医療品コーナーで、今のあの三人にちょうどよさそうな包帯が視界に入った。
そういえば昨日の夜でほとんどなくなってたっけ。消毒液も軽かったからもうなくなるだろうな。
気づいたらかごは随分賑やかになっていて、会計の列に並んだ。


「随分な荷物じゃねェか」
「……土方さん」


偶然にも前に並んでいたのは見覚えのある黒い隊服を着た人。かごいっぱいのマヨネーズ。
レジのおばさんに煙草をいくつか頼んで会計を終えても、手早く自分のマヨネーズを袋に詰めてから
私の会計が終わるまで待っててくれた。
主にビールのせいで重たいかごを運んで くれたが、きっとかごの底にある重たい原因には気づいてないんだろう。


「万事屋がまた一騒動あったそうだな」
「ええ、三人ともぼろぼろで寝てましたから」


土方さんの口ぶりでは、今回は真選組は関わってないらしい。
つくづく自分が彼ら三人の仕事を知らないのだと思い知らされた。
大方の品を袋に入れて、残された数本の缶を見た彼が、げ、と声を漏らしたのを聞き逃さなかった。
けれどそのあと何も言わなかったので、何も聞かなかったことにしよう。


「このあと行くのか」
「どこにでしょうか」
「そりゃァひとつしかねェだろ」


がつ がつと雑に缶を袋に入れ終わると、あまりにも自然に土方さんはその袋を持ってスーパーの出口へ歩き始めた。
慌ててもうひとつの医療品だらけの軽い袋を持って追いかける。
スーパーを出ると、あいつらに用はねェが、と彼は片手で器用に煙草をくわえて火を付けると、万事屋の方へ足を向けた。
まだ行くなんて言ってないのに。それにしても私のお酒が彼の手にあるのだから仕方ない。
…なんて、自分でも笑ってしまうような言い訳だ。


「土方さんは優しいですね」


はァ?と片眉をつり上げて私の方へ顔だけ向けた。それを見ることなく、もう一度、優しいですよと言った。
無言で煙を吐く彼は、そういえば仕事は大丈夫なの だろうか。
そのあと大した会話もないまま見慣れたスナックの前まで来てから、ほらよ、と袋を渡された。
ありがとうございます、やっと顔を上げて整った顔をしっかりと見た。
上を向いて煙を吐くと、土方さんはそういえば、となんでもないように声を出した。


「昨日大量に検挙された浪士どもが言ってたな」
「…と、いいますと?」
「"昔、戦で大活躍したという志士がたいそう大切にしている女がいる。
その女をとらえて利用すれば、かの志士は必ずや自分たちの力になってくれるはず、だった"と」


まァ下級浪士らしい単純で馬鹿らしい考えだがな。
ゆるゆると彼に吐き出された煙は空へ消えた。


「それで、浪士たちはどうしたんですか」
「たまたま依頼だかなんだかで、その浪士どもが隠れていた家の隣にいたらしいかの志士が、
 偶然その会話を聞いちまったらしい」
「…偶然、ですか」
「そこにいたのは下級浪士どもだったが、そいつらの上はまァ俺たちも手を焼いてた大した攘夷党でな」


そこの親玉は、この親にしてこの子ありってもんで、話の通じねェ野郎だったよ。
そう言って少し顔をしかめると、胸元から携帯灰皿を取り出してタバコを押し付けた。

それから、というと、たまたま依頼の内容と重なるところがあったらしく
かの志士を含めた三人組が、一夜にしてその攘夷党を壊滅させたとか。


「そいつらについていい噂なんてひとつもなかったからな」


強盗だのひったくりだの、暴力だの夜中の馬鹿騒ぎだの。
近所の人は誰もが消えてほしいと願っていたそうで、真選組にも多数意見が寄せられていたらしい。


「武器を大量に持ってやがったってのに、まさか一日で木刀の志士と子供二人が壊滅させたとは…、なァ、かの志士とやら」
「――長々とうるせェんだよ、」


はっと声に気づいて振り返ると同時に、手から買い物袋が二つともなくなった。
頭の包帯はもう取れたのか、それとも取ったのかわからないが
見慣れた様子で銀髪がくるくる跳ねていた。

オラ、行くぞ。
ぶっきらぼうな声で言うと、袋を持ったまま怪我だらけの姿が万事屋の階段を登り始めた。
つい先日、昨日だ、松葉杖をついていたはず、なのに。


「待って銀さん、荷物は私が」
「どっかの気のきかねぇ男と違って俺は重たいとわかってるもんを女に持たせたりしませんー」
「だって昨日まで松葉杖ついて、」


袋をひったくろうと何度か試みたがなぜかうまいことに避けられ続け、ついに階段を登りきってしまった。
あぁもう、とじれったく思って手首後とつかもうとしたら、
逆にわたしの手が掴まれていた。


「足はそんな重傷じゃなかったっつーの」


俺にも格好つけさせろバカヤロー、
そう言ったのを聞いたあと手を引かれる感覚に身を任せると、視界が埋まり、好きな匂いが鼻をかすめた。
袋を片手にまとめたのか、逞しい腕に優しく包まれて、ほんの一瞬鉄の匂いがした、気がした。
そうして他の誰にも聞こえないほど、わたしでさえ危ういほど小さな小さな声で彼は言う。


「お前が今日も来てくれて良かった」




明日世界がわるなら





新八くんに話を聞いてみると、今朝の銀さんは少し怖かったとか。


「昨日はさんがいろいろやってくださったんですよね?」
「私たちすっかり寝こけてたから知らなかったヨ」
「今朝、ソファに座って頭抱えながら"が愛想つかしたかもしんねェ"ってブツブツ言ってて」
「面白そうだったから黙って聞いてたら、"だいたい昨日の浪士どもがいなけりゃ呆れられることもなかった"とか
 "にまた怖ェ顔させちまった"とか、銀ちゃんはのことになると必死ネ」
「…へ、へぇ」


話の主役である銀さんは、一度家に入ったあと、再び表で土方さんと言い争い始めた。
玄関から新八くんと神楽ちゃんと三人でそれを眺めながら、
昨日の話を教えてもらった。
怖い顔なんてしてたかな、してたなら多分、最初にばつが悪そうな顔の銀さんを見た時だ。

かの志士、と噂されるほどの彼の腕前は私はまだ知らないけれど
あの負けず嫌いな土方さんもなんとなく認めているのはわかるし、
どれだけ傷を負ってもちゃんと帰って来てくれる。
自分が傷つくことよりもっと大切なものを守ろうとして
いつも戦うんだってことも知っている。
それになにより。


「あいつに荷物持たせて長話できるとか脳みそニコチンになってんじゃねェの、大串くんよォ?」
「ここにくるまでは持ってたっつーの!」
「あいつの腕見てみ?ほっそいだろうが、あんなもんずっと持ってたらあんな腕折れるわバカヤロー!」


――なにより、わたしは至極想ってもらってるのだと知ってしまった。
そうして、朝に感じた二日酔いの頭痛も気づけばなくなり、
頭のてっぺんから足の先まで、恥ずかしくなるほど愛おしさでいっぱいになってしまった、のだ。



(悲しいほどの愛おしさを)(どうか貴方に届けたいと思うのです)