銀さんがいたところで夜空に美しく輝きを放ちながら浮かぶあの月が美しさを増すわけもなく、
星のきらめきが眩しく感じるはずもない。
銀さんだからというより、銀さんでも、と言った方がいいだろうか。

虫が入ってこないように網戸を閉めたまま、近くの壁にもたれて窓の外に目をやった。
りーりーと鳴く音やどこかとおくから聞こえる家族の笑い声。
窓の外から中へ視線を移すと、自分の部屋ながらなんて無機質なんだと思った。
シンプルイズベストとは言うが、物事にはなににつけても限度があるのだろう。


それにしても一人で見る月の、星の、なんとさみしいことか。
どうかとなりにあなたがいてほしい、あなたがいるだけで世界が輝く、とかいった
最近世間を賑わす恋愛ソングを今まで聞き流してきたわたしにも
ついに聞くべき時がきたかと思って聞いてみた。が、やはり理解は無理そうだ。


だって、例えば今銀さんがわたしの隣にいたとしたら、
今日の昼に食べようとしていたプリンがなくなったことについての喧嘩で夜空どころじゃないだろう。
月が綺麗だなんて台詞さえ、銀さんからは一生出てこないんだろうな。
わたしから言うこともない、つまりは二人の関係が風情を感じるようなそれじゃないってことだ。
別にいまさらこの関係がそうなってほしいわけじゃないし、身の丈に合ってない。お互いに。


…そうだ、プリン。
思い出してついため息を吐いた。
合鍵を渡してからと言うものの、たまに冷蔵庫からわたしの楽しみが消える。
それを楽しめるのはわたしと、合鍵を持つ彼くらいだ。
他にこの家に入れるとしても、冷蔵庫の中身だけを目当てに泥棒はこないだろう。
今度から名前を書こうかな、本人に言ってもどこ吹く風なんだから。


それにしてもあんなに綺麗な月が浮かんでも、結局は銀さんのことばかり考えるんだな。
そんなことに今更気づいて、少し恥ずかしく、少し照れ臭くなる。
本人がいなくて良かったかもしれない、変なことを口走ってしまいそう。


いつの日か、こんな夜空が綺麗な日にでも隣を歩けたなら、わたしは、銀さんはなにを話すだろう。
やっぱりプリンなのかな、少し真面目になったところで仕事の話だろうな。
空を見上げればきっと言葉なんていらないのに、わたしたちは空を見上げないんだろう、な。


「となりにいるだけで、いられるだけでいい、なんて」


そんなことを、こんなことを思うなんて。
いつからこんなにしおらしくなったのかな、あとをついていくような性分じゃないんだけど。
自嘲するように笑ってみたけれど、ひどく情けない顔をしている気がした。
月は人の心を惑わせるとはよく言ったものだ。


「銀さん、」


次に会えるのはいつだろう、消えたプリンを理由に、日が昇ったらすぐ万事屋に行ったっていいのに。
なぜだか銀さんはそこにいない気がした、なぜだか彼は今もここにいない気がした。
隣を歩いてふと思う、目をみてたまに感じる、ふとこぼす言葉の節に感じる。
どんなに手をのばしても縋って泣いても過去には届かないし戻れないように、銀さんを遠くに感じる、ときがある。



――あぁなんて、綺麗な月だろう。
一人で見るにはもったいないのに、一人ではあまりに心を惑わされるのに。
思考を停止させてぼんやりとした頭で、ゆっくり夜空に手をのばした。あぁ届かない。


「届かない、な」
「空に届いたら困るっつーの」




明に燃ゆ


(それはまるで、)(愛しくて恋しくてたまらないものを見るように)




不意に聞こえた声と同時に、宙をさまよっていた手がぬくもりでつつまれた。
どうしてこの人の手はいつもあたたかいのだろう、そんなことを考えて声の方を見上げると
銀さんが顔をくしゃくしゃにして笑っていた。