「今日の夕ご飯なにがいい?」
「あー…えー…、なんでもいいわ」
「またそういうこと言う、」
考えるの大変なんだよー、と言いつつもの口元はゆるゆると笑っている。
お前の作るもんだったらなんでもいいっつーことだよ、と付け足すとはいはいとあしらわれた。
だらだらスーパーに向かう足は遅く、俺一人で行けばもう買い物を終えてる頃だ。
さっさとイチゴ牛乳とプリンを買って帰って俺はゆっくりジャンプを読み直してェんだよ、
なんて思いつつもまったく口に出さないのは、
隣を歩くやつの小さな歩幅に合わせて歩くのは、
そんなのは小っ恥ずかしくて口にできるはずもない理由があるからだ。
「夕日がきれい、明日晴れかなぁ」なんてのんきに話すの声がすとんと胸の内に落ちてくる。
この感覚が結構好きだったりもする。じゃないと得られないものだ。
今週いっぱい傘がいらねェって結野アナが言ってたぜ、そっかぁよかった、
なんて、明日には忘れてしまいそうなささいな会話。
こんなのも悪くねぇかもなァとぼんやり考えているとスーパーについた。
今日の夕飯どうなっかなァ。
「そういえば銀ちゃん、病院ちゃんと行った?」
「……はァ?え?なんで」
「だってまた甘いものたくさん食べたでしょう」
おかしい。俺はちゃんとこいつがいない間に食べるようにしてたのになんで気づくんだ。
「ゴミ袋にたくさん証拠があったよ」あぁ、そう…。
お前結構目ざといのな、と言うと銀ちゃんがちゃんと病院行かないからでしょ、ぴしゃりと怒られた。
だってあそこのジジイうるせェんだよ、もう甘いもん食うなとか言うんだぜ。
控えろならまだわかるけど、食うなとか無理だろ、逆に死ぬ。
「と、いうわけで。これも追加な」
「……なにがどうなったわけなのか全然わかんないんだけど」
の持つカゴにアイスを二つ足した。
なんだよ、お前の分も買うからいいだろ。と言いつつ、その金はの金だけどな、と囁く声が自分の内から聞こえる。
今月は仕事が全然入らないし、入っても大した仕事じゃねェから金は入らねェし。
だというのに甘いものはこの世に溢れてるわけで、そこはうまくやりくりしないと破産してしまう。
仕方ねェだろ、と情けない自分に言い聞かせるように胸の内でつぶやいた。
「……アレ」
「なに?まだ甘いものほしいの?」
でももう今日はだめだよ、なんてはレジに向かう。
その後ろ姿をみながら俺はヒモという嫌な単語が頭に浮かんだのだ。
このままじゃア本当にその言葉がぴったりなただのくそ野郎じゃねェか。
ろくに家賃も払わねェでいるのにババアが文句を言ってこないのを知ってる。
知ってて、どうしてか聞くこともせず、というかどうしてかなんてとうにわかってるのに感謝の言葉を伝えないままだ。
イチゴ牛乳がねェ、とぽつりと呟いた日の夕方には、冷蔵庫にちゃっかり並んでるのも知ってる。
今週ジャンプ土曜日じゃないの?とソファに沈む俺に教えてくれることも少なくない。
「銀ちゃん、帰りに甘味処でも寄る?」
肉や野菜、俺がぶち込んだ二つのアイスを、が袋にいれていく姿をぼんやり見ているとそんな台詞が聞こえた。
「…なに、お前はそんなに俺を甘やかしてどうしたいの」
「え?…あぁ、そっか。うーん、でも食べたいでしょう?」
なんでこんなに甘やかしてくるんだか。
病院に行けとがみがみ怒ることもねェし、掃除しろだの布団干せだのも言わねェ。
そりゃアこいつは俺の母ちゃんじゃないわけで、そんな台詞は普通言わないし言いたくもないだろうけど。
うーん、と悩み始めたの頭をわしゃわしゃと撫でる。
それだけでこいつは嬉しそうにして受け入れてくれるもんだから。
「いや、いらね。の飯が食いてェ」
「……やっぱり明日大雨かも、」
折角の告白もくすくす笑う声に崩れ落ちてしまいそうだ。
笑ってんじゃねェよ、との手から買い物袋をふたつともひったくると、思いの外重たかった。
俺がいないときはいつもこれを一人で持ってるのかと思うと、本当に頭が上がりそうにない。
ぼんやり夕飯に思いを馳せながら帰り道を歩いていると、手持ち無沙汰にしていたが着物を引っ張ってきた。
少し低い位置にあるその顔を見下ろしてやると、はゆるゆると笑った。
「夕焼け、きれい」
「…あァ、そう、」
煮え切らない返事をした頃にははもう前を歩いていて、その小さな背中が急に、
なんというか、こう、抱きしめたく、なってしまって。
買い物袋を片手にまとめると、空いたもう片方で頭をぐしゃりと撫ぜてから小さな手をとった。
見上げてきた視線に気づいたがもちろん見ることなんてせず、また歩幅を合わせてゆっくり歩く。
こっそりと横顔を盗み見ると、少しだけ耳朶が赤くなっていて。
夕日のせいだろうか、それにしてはちらりとのぞく首筋も赤い。
ふっと笑ってやると、も俺の方など見ずに、なぁに、と言う。少し、拗ねたような声。
なんでもねェよ、ぎゅっと手を握り直して、こっそりと綺麗な黒髪で隠れた額にキスを落とした。
夕焼けはときどき優しい
(ねぇ銀ちゃん、銀ちゃんのそういうとこ、好き、)(あァそう、俺はお前が好き)